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よみかさん
よみか
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深遠なパーツで組み立てられた町
町の水路から原始を思わせる謎の野原に迷い込む「けものはら」、木造瓦屋根の古い民家が並ぶ尾根崎で地区の守り神として選ばれし者を描く「屋根猩猩」、草に精通する少年「てん」が苛酷な体験の末にに生み出した薬・くさなぎ。美奥の名の由来を物語る「くさのゆめがたり」、森の奥を抜けた家で一生に一度だけ行える「天化」。人の苦を解くのだというゲームの行方―「天化の宿」、カラスのくれたガラス玉の中にある町はそこを訪れた人々の記憶により常に変化していた。町を知ったことにより再生される未来を予感する「朝の朧町」。いずれも「美奥」の町に絡めて語られる6編。

日常のすぐ隣にある異世界を描いて秀逸というのは『夜市』でも感じたことだったが、『草祭』では全ての短編を「美奥」という一つの町をキーワードとして描いたことで、不思議で哀しくてなぜか懐かしい、その世界観がより鮮鋭化して見えたように思う。五感にまで働きかけてくるその表現や描写は言うまでもないのだが、各編ごとにある、物語の鍵ともなるパーツが素晴らしい。

「けものはら」では太い注連縄の張られた卵型の岩。大小さまざまな無数の獣たちが、月の光を浴びてその岩を囲んで蹲っている。その輪の中で彼らとともに蹲るとき人間は名も無き獣であり、原始的なものの一部としてそこに深い安堵があると書く。

「天化の宿」なら、一生に一度だけできやり直しはきかないというゲーム「天化」。細部のルールは複雑怪奇で、それらがゲームの世界に緻密に、そして有機的に絡んでいき、原因と結果―因果の糸が独特な世界を浮かび上がらせていき、理性の材木で城を作ろうと試みるも、全てはでたらめに破壊されていくのだという。何十枚ものカードを使って世界を構築する「天化」とはいったいどんなゲームなのか。

ひとつひとつのパーツが実に深遠なのだ。そうしたパーツが組み合わされることによって、ひとの心を捉えて止まないこの異空間・美奥の町は出来上がっているのだろうと思う。

その意味では今回手にした本の装丁はこの美奥の物語の世界を見事に表現していて興味深い。モダンな線で描かれた和風とも洋風ともつかぬ町の一角。卵型の岩やゲーム「天化」こそないものの、けものはらへの入口となる水路、猩猩の守る瓦屋根、森の奥へ続くトロッコ電車の線路、禁断の神薬クサナギの原料となるオロチバナなど、重要な物語のパーツが描き込まれている。

時間帯も気になるところ。オレンジ色の空のもと紫に染まった町。黄昏なのか暁なのか。だが昼でも夜でもないこの微妙な時間帯は見ようによっては「恒川ワールド」の真骨頂でもある。人が一切描かれていないことにも注目したい。この物語の主役は、人を包み世にも稀なる方法で再生させる美奥という「町」に他ならない。

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よみか
よみか さん本が好き!1級(書評数:642 件)

ここのところ踊りに現を抜かして、本が読めておりません。(^_^;)
にもかかわらず、時折、過去レビューをお読みくださりポチッと一票くださる方々がいらして、感謝いたしております。
ありがとうございます。

読んで楽しい:4票
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参考になる:15票
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この書評へのコメント

  1. よみか2013-03-09 16:40

    本書もそうなのですが、ここのところ本の装丁にとても興味を惹かれまして、
    皆さまのお気に入りもぜひ拝見したく、先ほど「ホンノワ」に「本の装丁美術館」を作って参りました。

    よろしかったらぜひご参加下さいませ。よろしくお願いいたします。

  2. miol mor2013-03-09 17:37

    評を書いていないのでそちらには今のところ遠慮しますが、最近知ったものでは谷川 俊太郎『二十億光年の孤独』 (集英社文庫)が本のすみずみまでスタイルが粋で魅せられました。

  3. Wings to fly2013-03-09 20:39

    「読んで感動」とか「読んで美しい」があったら投票したいです。私も「天化」というゲームには宇宙の理を感じました。
    ところで、「本の装丁美術館」とは素敵な企画ですね!後ほどお邪魔いたします♫

  4. よみか2013-03-10 01:38

    miol morさん、Wings to flyさん、ありがとうございます。

    >miol morさん
    集英社文庫『二十億光年の孤独』の書影拝見してきました!
    宇宙空間を思わせるモダンな書影でしたね。本作品何社からか出ていてそれぞれに装丁の雰囲気がまったく違っているのも興味深いです。
    「本の装丁美術館」は書評が無くてもOKですのでぜひお越しくださいませ♪

    >Wings to flyさん
    嬉しいお言葉、ありがとうございます。恐縮です!
    「天化」は自分の深層心理までが出てしまいそうで怖いけれど、本当にあったとしたら体験してみたいゲームです。こういうものを思いつく恒川さんは凄い方ですね。
    「本の装丁美術館」もどうぞよろしくお願い致します。

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